琵琶歌データベース

現代琵琶の古典曲(明治期から戦後昭和40年頃)の作詞目録です、随時更新中。
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最近琵琶発達史(大正11年刊)  目次
琵琶読本 吉村岳城著(昭和8年刊) 目次
琵琶変遷史(昭和36年) 目次

Posted in その他コラム, 資料集

盲目の琵琶詩人 高松春月

高松春月(たかまつしゅんげつ) [1871〜1935]
高松春月は明治4年信州出身、小学校の教員であった頃、化学実験中に水素ガスの試験管が破裂し破片と溶液が両眼に入り視力が衰えるに拘わらず地元新聞記者や家庭教師として奮闘し、その後上京して国民新聞に入社、文壇に奮闘した。しかしその後の手術不良のためまったく失明してからは琵琶研究を新生涯と志し、永田錦心の門に入り一水会のために当時新作琵琶歌、逆櫓、寧楽の櫻、松の間、雪晴、山科の別、別れの杯、紅葉狩。接待、鵯越等を発表した。明治40年秋、永田の黄嘴会を永田の”永”の字を一と水に分け”一水会いっすいかい”と改称を進言したのは高松である。斯くして永田錦心を補佐し錦心流に貢献著しき恩人であった。昭和10年10月13日死去。享年64。
琵琶新聞291号昭和10年11月 高松春月訃報
琵琶新聞382号昭和18年6月 椎橋松亭永田錦心の巻(四)一水会生る、高松春月の事

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京絃(デジタルライブラリ)

“京絃”は京都在住※の錦心流琵琶奏者植村寞水師(うえむらばくすい:京絃社)が私費を投じて刊行された琵琶楽情報誌。戦後の昭和29年より昭和後期まで年会費を募り会員に配布されました。内容は琵琶にまつわる読み物や研究、演奏会レビュー等投稿記事や植村氏自身が取材した記事を多く掲載。今回筑前旭会の藤巻旭鵬師より寄贈いただいたのでデータ化してここに公開します、当時を知る資料として琵琶史研究に役立てば幸いです。  藤波白林
※後に大阪へ転居
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琵琶劇を試した永田錦心  ー椎橋松亭ー

大正二年十月の事、栗島狭衣氏の指導で新橋倶楽部に聚星会の琵琶劇があった、藝題は鉢の木で錦心の常世に錦獅の時頼、琵琶は岩見錦浦氏だ。中で錦心はセリフも立派、表情も一際目立って上出来だ。然し当時の私は頑固の方でこれを醜態なりと叫んで攻撃したものだ、すると錦心はこう答へた。「琵琶を大衆化するにはこうした試みも必要である、語り物としての琵琶は将来劇的な表現に近づいて行くだらう」と
琵琶新聞367号(昭和17年3月)より

以上は昭和17年当時の琵琶新聞に寄せた椎橋松亭氏のコラム。錦心没後15年を記念した回想を思われるが、当時の試みを否定した自身への戒めも感じられる。

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平豊彦 ー隆盛を極めながらも夭折した天才琵琶師ー

明治後期以降、東京では一派閥を築く者が多く現れ、世はまさに薩摩琵琶のカンブリア紀ともいえる様相があった。ここでは主にポスト帝国琵琶と言うべき琵琶人と一派を特集、その第一回は平派、薩摩琵琶正派の若き宗家平豊彦を取り上げる。 Continue reading

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錦琵琶と五弦五柱

起こり
 錦琵琶の初めは錦心流宗家永田錦心が、大正15年5月の山口春水(後の錦堂)門下の演奏会(※1)で楽屋にて一水会幹部に「これからは柱を五つ四の糸を二音階半上げて(本調子)やってみたい、薩摩琵琶(四弦四柱)を弾いていると薩摩琵琶の連中から、”なんだ歌だけ変えて錦心流とはなんだ“と言われるから(※2)」と発言したことから始まっている。柱を増やし四弦五柱本調子という筑前琵琶とほぼ同じ(※3)、三味線と同じ調弦、当初端唄のできる琵琶を目指したとのことで、この新楽器で最初に作られた歌は端唄“春霞はるがすみ”だった。これは先代宗家である吉水錦翁が、薩摩発祥である琵琶から独立し、帝都東京の楽器として”帝国琵琶(※4)”を提唱した考えの先を行くアイディアであった。 Continue reading

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[肥後琵琶](下) 山鹿良之

琵琶機関誌”京絃”に昭和54年(1979)掲載された寄稿文の最終回です。

芸と祓い
 山鹿さんは二十九歳で結婚した。結婚する前は筑後を中心に廻っていたが、子供が出来てからは南関町や山鹿市など、主に家の近くを廻るようになった。また山鹿さんの琵琶師としての活動は大変広いものであった。
座敷琵琶や、わたまし、釜は祓いの他追善供養、観音様、御大師様、神社の夜籠りー等、様々な機会に招かれ、琵琶を弾いた。仏事には般若心経、懺悔経、舎利経、三十仏などの経文や仏名を唱えた。また村の祝事の祈りに琵琶を弾いたこともあった。 Continue reading

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[肥後琵琶](中) 山鹿良之

琵琶機関誌”京絃”に昭和54年(1979)掲載された寄稿文、その続編です。

門弾きの体験
 山鹿さんは、福岡県は筑後平野にある山門郡瀬高町清水という部落に門弾きに行った。それまで独りでしたことのなかった山鹿さんは、家の門口に立ってはみるがなかなか家の中へは入れなかった。けれどもその日の宿も確保しなければならず、恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら琵琶を弾いた。一曲を弾き終わり、どうにか仕事をすることが出来た。そこで家の人に「このへんにどこか泊めてくれる所はないでしょうか」と尋ねてみた。すると家人は近くの本吉というという部落に琵琶語りさんが居て、この辺に門付けにくる芸人さんがよくその家に泊まるということを教えてくれた。本吉のその家に行ってみると丁度、家の主人である石橋福太郎という琵琶弾きさんが門弾きから帰ってきたところであった。宿を頼んでみると「良かですよ、泊まんなさい」と心よく云ってくれた。(門付けをする芸能者たちはこのようにして互いに助けあっていたのであろう。) Continue reading

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第4回 琵琶づくし -語るは戦国時代‼ー

表題の催しに参加いたします。テーマは戦国時代、私はお市の方を予定しています。

琵琶づくし裏

琵琶づくし表

琵琶寄席
6月25日14時開演(13:30開場)
伝統文化交流館(JR田町駅下車)

出演
藤波白林
川嶋信子
逢坂誉士
千山ユキ
※琵琶人のトークショウがあります。
落語
三遊亭遊七

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[肥後琵琶](上) 山鹿良之

以下は関西の琵琶機関誌”京絃”に昭和54年(京絃298−301号)に掲載された記事です、執筆者は村山道宣さん。その時その場所でしか聞けない貴重なインタビューが綴られており、ここに数回にわたり転載いたします。

肥後琵琶師の山鹿さん
まだ強い日差しの残る、夏も終わりになった或る日、私は熊本県の北端にあり、筑後平野にも程近い玉名郡南関町小原に住む琵琶師・山鹿良之さんを訪ねた。明治34年、同地の農家に生まれ、今年76歳(昭和54年当時)になる山鹿さんは私に修業時代の話や門弾きの折の話など数々の思い出話をしてくれた。 Continue reading

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令和5年夏季琵琶楽大演奏会

表題の演奏会に錦心流の大和龍弦氏と出演いたします。みなさま是非おいで下さい。

6月18日番組

6月18日外側

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